未知との遭遇:Pocket PC 2003
初めの Windows Mobile との出会いは iPAQ 3630 だったと思います。
Strong Arm のCPU を積んで、黒のジャケットを付けることでコンパクトフラッシュを搭載することができた。Windows Mobile 2003 を搭載したモバイルデバイスでしたね。それまではPalm を使っていましたが、ようやくモバイルでも Windows プラットフォームが使えるうれしいデバイスでした。
真のスマートフォン元年:Windows Mobile 5.0
大きな動きはW-ZERO3 だったでしょうか。.NET Compact Framework をつかってVB.NET / C# を使ってアプリが作れるのが開発サイドとしてはうれしい話でした。初めて開発に関する書籍をかけたのもこれが最初でした。
ただ、Windows が使えるってのが大きな勘違いを生んだのもこれが最初でしたね。家電量販店で買える気軽さは理解が少ない方も買いに来るということを実感したデバイスでした。
紀元前のなかでの繁栄期 Windows Mobile 6
面白かったのは Windows Mobile 6 のころ。ちょっとずんぐりむっくり武骨だった Windows Mobile から一転、HTCがODMメーカーから自社ブランドのスマートフォンメーカになりスリムスタイリッシュなデバイスが登場してきました。今も手元にある当時の本。HTC Touch Diamond をはじめとする様々なデバイスに加え W-ZERO3 もes や 03 など洗練されてきた時代です。なんか今のAndroidの勢いをイメージしています。
そう、当時は「ストア」がなかったんです。今思えばどうやってやっていたんだろう?と思うくらい。この本にもCDがついていてそこからインストールしていました。
栄枯盛衰:Windows Mobile 6.5
Windows Mobile 6.5 のころには2万ともいわれているアプリが世界中に転がっていたようです。今となっては信じられないかもしれませんが。開発側も洗練されてきてノウハウもたまり、システムをカスタマイズするようなアプリケーションは定番アプリとして人気が高かったです。
レジストリ、IMEの独自開発、開発者は本当に自分なりのカスタマイズが自由にできるくらい、ノウハウがたまり、そのためのアプリをリリースする、高いレベルでのエコシステムが出来上がっていました。それが Windows Phone 7 を苦しめた大きな要因でもありました。
新世代と苦悩:Windows Phone 7
Windows Phone 7 は全く新しいプラットフォームとして登場、Mobile World Congress 2010 に登場しました。Zune で培った タイルのUIを搭載した新しいプラットフォームです。デザインとユーザビリティーを重視した良いチャレンジだと思いますが、大きかったのはアプリの互換性です。
Windows Mobile 6.5 で培った数万のアプリと、OSをカスタマイズをするためのノウハウはすべて使えなくなりました。そしてアプリは自由に配信できず「MarketPlace」と呼ばれるストアからのみの配信となりました。シェルを含めたカスタマイズのためのAPIはほぼ用意されていません。
今となってはすべてスマートフォンとして当たり前ともいえる仕様です。Android や iPhone をはじめとする今のスマートフォンのモデルが出来上がったともいえるのがこの Windows Phone 7です。大きな決断でしたが、たぶん正しい決断だったのだと思います。
ただ、やはり開発者からは厳しい目が向けられていました。アプリは0個から始まり、既存の開発者も離れていきます。これまでユーザーとコミュニケーションしながらコツコツと積み上げて良いアプリにしてきたところから、新しいプラットフォームに移動するのは難しいというより不可能に近いでしょう。モバイルアプリに値段をつけることは害悪、くらいのイメージがある中、ストアは制限があるアプリ公開の場所であり登録費用が年間9800円というのも厳しい要因の一つでした。
日本再上陸だったが…:Windows Phone 7.5
Windows Phone 7.5 は忘れもしない、記念すべきOSです。IS12T。日本での記念すべきデバイスです。しかしその状況は決して順風満帆とは言えませんでした。ほかのスマートフォンの台頭が激しく、発売から数か月後には 日本で iPhone が展開され、価格や機能、アプリにおいて後れを取りました。
でもよいデバイスでしたね。防水もありましたしカラバリもありました。そしてスタイリッシュで軽量。当時海外の人に見せても非常に好評で、海外では売らないのかいつも聞かれていました。これは当時の東芝モバイル(のちに富士通)が技術を結集した作品だったからだろうと思います。
ファンの支援とエコシステム:Community
ここから、Window Phone は事実上コミュニティやユーザーに強く支えられていきます。当時様々なイベントやキャンペーンを行いましたが、デバイスの売り上げや市場での浸透率からは考えられないくらいの盛り上がりを毎回見せてくれました。
当時国内でも Windows Phone 8 に向けた動きはありました。国内メーカーでのプロトタイプのデザインを見せてもらったこともあります。そのあとも別の国内メーカーからリリースを検討しているという話をもらったこともありました。
しかし、日本においてはこのPhone 8が大きな痛手となりました。「メーカーを絞りグローバル展開するメーカーを採用する」今のAndroid を見ても世界展開できる日本のメーカーはほぼ皆無です。開発、調達、販売、そこに絡むリスクも含めて世界展開は難しいものです。
ルネッサンスと鎖国、そして隠れキリシタン:Windows Phone 8
結果として、Windows Phone 8 のデバイスは日本では出ませんでした。皮肉なことに、こおの Windows Phone 8 を通じて、デバイスは洗練され、OSも洗練され、ストアも徐々に受け入れられ、プラットフォームは大きな進化を遂げました。
しかし日本の人が手にするデバイスの中に Windows Phone はありませんでした。
そんな中 開発者向けのキャンペーンで Lumia 800 を配りました。トライアスロンというキャンぺーン。自分にとっては忘れられない企画です。
本当に開発者との線をつなぎいつ来るかわからない次のデバイスまで開発者の心をつなぎとめておきたい、声にこたえたいという気持ちでやった企画。募集、テーマ公開、サンプルの作成、ドキュメントの作成、集計、すべてのアプリの評価。よくできたなと思います。
日本再々上陸だったが時すでに:Windows 10 Mobile
だからこそでしょうか? Windows 10 Mobile の動きは自分にとってちょっと不思議な状況となりました。日本から様々なメーカから Windows 10 Mobile のデバイスがリリースしました。
Android が群雄割拠となっていた状況での差別化という意味で出したメーカーもあったと思います。コミュニティや開発者の盛り上がりをずっと見てきて、(参入のためのレギュレーションが下がって)満を持して投入したメーカーもあったと思います。
ただ、一般ユーザーへの浸透、そして通信キャリアの対応、アプリの数、もういろいろな意味で難しい状況にありました。マイクロソフトがメインビジネスをクラウドにシフトしたことも大きな要因かもしれません。CEOが変わり、Windows がマストの時代から、iOS, Android においても、Microsoft の技術やサービスを生かした戦略に転換。Microsoft におけるリソースの投資も大きく変わっていきます。
僕の中の最強のスマートフォン:Lumia 950 XL と Windows 10 Mobile
Windows 10 Mobile は使いづらいのか? そんなことはありません。今でももっとも使いやすいスマートフォン環境だと思っています。特に仕事をするうえで細かいところで Windows 10 Mobile は最も使い勝手の良い環境だと今でも思っています。
Lumia 950 XL は今でも私の中での最高の Windows Mobile デバイスであり、最高のスマートフォンです。日本で市場をけん引しているのはハイエンドデバイスであり、その流れに引っ張られてローエンドのデバイスが出ています。Lumia 800, Lumia 1520, Lumia 950 XL。たらればはありませんが、それでももしこの3機種が日本で順次展開されてたら、なんてことを考えることは何度もありました。想像するのは自由ですよね。
出来なかった分、イベントで配布したこともありましたが。
未来への希望いや、切望:Future
良いものが市場で受け入れられるわけではありません。いや、やはり足りないところがあるから受け入れられなかったのです。この先どうなるかわかりません。ただ、個人的にこれからも期待していることは間違いないですし、こういったデバイスが出てくればいつでも今のAndroidを捨てて、またアプリ開発も個人的にやることでしょうね。
まとめも何もありません。駄文でごめんなさい。
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